2017年12月26日火曜日

17という年

クリスマスなんてものは何の実感もなく過ぎ去って、もう年の瀬。
ちょっと早いですが、2017年の総括をば。

今年はなんといっても、自分にとって大きな変化がありました。
長かった学生生活が終わって、社会人になって、当然環境はがらっと変わりました。
年度が変わってからクライミングに充てられた時間はこれまでの半分以下。
加えて今年は夏から秋にかけて雨続きで、余計に岩に触れた時間は少なかったです。
これはもう仕方のないことですね。

全体で言えばそんな年でした。
その中で成果をいくつか(順不同)。

RAIZEN(三段?) 豊田
登っているのはちーさん

コオモテ(三段) 瑞牆
霧(三段) 瑞牆

レッドブル(三段) 笠置山

イヴ(5.11c) 瑞浪  FL
アダム(5.11b) 瑞浪  OS

Stingray(5.13d)   Joshua Tree

とにもかくにも、Stingrayを登ることができたことが大きかったです。
むしろ大きすぎたくらいです。
その後身の回りのあらゆるものが激変するのに合わせて、燃え尽きていました。
やっと復活してきたというところでしょうか。
考えてみると、自分の真の限界をプッシュしたのは、
本当に久しぶりのことだったと思います。
ただそれだけでも、自分にとっては十分すぎるくらいです。
そしてそれがこのルートであったことが、何よりもうれしく思います。


仕事のことはさておき、今年を振り返ってそれ以外に浮かんでくるのは、
大ザルが長年の課題を2つも登ったことでしょう。
アンバマイカと弁天岩のプロジェクト(1P目)をそれぞれ登り、
その瞬間に僕も共有することが出来ました。
それは大きな躍進ではなく、長年の研鑽の先にあった、
いわば必然の一歩だったのかもしれません。
ただ、時間を積み上げたものも、端から崩れていくということは、僕にもわかります。
だからこそ、そこに更に積み上げて、これまでよりも高いところへ至ったことが、
どれだけの時間を要し、どれだけ得難いことであるか。
それは想像に難くないことです。
この先何があっても、自分もきっと積み上げていけると、
ただ見ていただけの僕にもそう思わせてくれる、素晴らしいクライミングでした。


こうして振り返ってみると、我慢したし欲求不満もたくさんあったけれど、
価値のある1年だったなと感じます。


さて、冬休みです。
年末年始と言えば、里帰りですが、
今年の里帰りはちょっと違います。
ずっと帰りたかったあの場所へ、里帰りしてきます。

それではまた。
みなさん、どうか良いお年を。

2017年12月25日月曜日

クはクリぼっちのク

世の中ではクリスマス(イヴ)の日に独りでいる人間を「クリぼっち」と呼ぶそうな。
当然のごとくその一人であるので、夜明け前に家を出た。
車のキーを回すと、カーナビが一言、「メリークリスマス」。
お前、「この先、カーブがあります」以外の言葉も喋れるんか。

3時間ちょっとのドライヴで、恵那に到着。久しぶり。
警戒して着こんできたのに、思っていたより寒くなくて、拍子抜け。助かったけど。
一人だし、トポもないので、知っているところに行くことにした。
ということで、電波塔エリア。
アップをどこでするか迷って、ルーフルールの岩へ。
「ノムール」(2/1級)まで登って、「パキピド」(二段)もやったらハマった。
最近また風邪をひいて病み上がりだったのもあって、力が入らん。
徐々に力が出るようになって、ムーヴが固まったところでプルプルしながら登れた。
うーん、鈍りきった体にこの傾斜とこの手数はしんどいぞ。

とにかく体は起きてきたようなので、本題の「レッドブル」(三段)へ。
前に来た時にムーヴの目途は立っていたので、最初から繋げでトライ。
最初から核心のランジまでつながって、こりゃいいぞと思ったのもつかの間、
ランジが止まらない止まらない。
瞬発力もすっかり弱っている模様。
これだけは登って帰りたかったので、途中から初めてランジをバラシて、
繋げてやったら、今度はピンチが取れなくなってきた。
でも身体はトライを重ねるごとに動くようになって、力も入ってきた。
そのうちやっとランジが止まって、次の1手も捨て身で出したら止まった。
という感じで、宿題を回収できた。

その後は「アルデバラン」(三段)をやってみたりしたけど、
尺で得しているはずなのにランジの飛距離が一向に伸びず敗退。
もう一本はなにか登りたかったので、前に全くできなかった「パゴダ」(二段)へ。
初めて恵那に来たときくらいにちょっとやって、カチが痛くて敗退した気がする。
今回も既に指が痛かったので、1回目のトライから全開で握り込んだら核心が止まった。
そのままギリギリで押し切って登れた。
多分、痛みで凄い顔をしていたんだと思う。
記念撮影(上手くいかない)

もう一本と欲張って、「アホダ」(二段)をやったら、
ヒールで腰を入れたときに、膝が耳で聞こえるくらいの音で「ぱきっ」と鳴った。
あまりの音にびっくりしてクライミングは強制終了。こわいこわい。
その後駐車場に戻って、帰りに里エリアを一周見学して回って、
1時間くらいしたら痛みだした。
関節というよりは、その外側のどこかが痛い感じ。
とりあえず歩くことは出来るし、ゆっくりなら曲げることもできる。
なんだか年末年始を前にえらいことになったみたいだけど、
とにかくあと数日は安静にして様子を見るしかないか。
しばらくは右ヒールも封印かも。


夜、小DK宅に集まって、いましさんの新作『OUTLINE』の試写会が催された。
今回は出演だけでなく、これまでとはちょっと違う関わり方をさせていただいてます。
発売は2月ころになるとのこと。
前作『Activator』から2年空いているので、ネタは盛り沢山です。てんこ盛りです。
まずは予告編の公開を待ちましょう。

2017年12月3日日曜日

シーズンのおわり

家の周りにはもう雪が降りました。
これからはこの気候と付き合っていかなければいかんのですね・・・

昨日SACの先輩の結婚式があり、それは二次会まででお暇して、今日は単身瑞牆へ。
天気がいいし、気温もそれほど低くなくて、12月にしては快適だった。
駐車場でハヤシ・猿田彦両氏に会ったので、便乗する形で会場エリアへ。
まあ、目的地は最初から決まってたしね。

とりあえず日当たりがそこそこいい大黒岩周辺でアップ。
保持っぽいもののアップにと、「ともこ」(初段)も登った。
そういえば昔、僕らは勝手にこの課題を「きなこ」と呼んでいた。懐かしい。
あの当時は、ポケットから黄色っぽい謎の粉が出てきた(ホントに)。
それから最近チョーク跡が見られる「フォーマルハウト」(初段)もやってみた。
瑞牆らしい人差し指酷使のスラブフェースだった。
ムーヴが分かるまでしばらくかかったけれど、分かったら登れた。
さらにハヤシさんが見上げていた「コールサック」(三段)も掃除してトライ。
これは明らかにリーチで得をして二撃。跳ばずに登れてしまったのでなんだか・・・
課題としては面白かった。
後ろの木も案外気にならず、もっとトライされればいいと思う。
更に被ったもののアップでもう何本か登って、本題の「ミネルヴァ」へ。

今回も誰もいなかったけど、チョーク跡はしっかりあるので、
誰かしらトライしている人はいるらしい。
で、やってみるとやっぱり前回と同じところで息詰まる。
今回はあちこちにスタンスを求めて、あれもこれもと試してみたけど、
どれも似たような感触で、一様に全部悪い。
この一手が大核心というわけですね。
どうにも足下が浮ついてしまって、結局は高速タッチで落ちてくる。
そこまでのムーヴはほぼ固まって、こなれてきただけに、これは悔しかった。
純粋にムーヴがこなせないというのは、そりゃあよくあることだけど、
手を変え品を変えてまだ足りないのか!という感じ。
来週は来られないので、流石に次は来春になる。
いい目標がひとつ定まったということで、また頑張ろう。

大黒岩に戻って、ちょっと一息ついてから、
ハヤシさんの熱烈な勧めで「天の川」(初段)をやることに。
入念にスタンスを観察して、いざやってみたら完全にビビってしまった。
1回目はちょっと危ない落ち方をして、続く二回は右に下りた。
4回目で足順が分かって、あとは多少強引だったけどねじ伏せて登った。
なんだか今日一番集中して頑張った気がした。
直後に猿田彦氏が夕暮れに合わせたかのように「フォーマルハウト」を登っていった。
フォーマルハウトというのはうお座の恒星のことだそうです

帰りがけに皇帝岩にいるエッジ常連組の応援をして、真っ暗な中を帰った。

花崗岩の季節はこれにて終了かな、と思う。
チョークの載ったホールドを磨きながら顔を近づけてみると、
時折感じる乾燥したクライミングの匂いがした。
炭酸マグネシウムの匂いでなんて、なんだか変な感じだけれど、落ち着く匂いだった。
次の春がもう待ち遠しい。

2017年11月13日月曜日

指削り健康法

先週末、実は風邪をこじらせておりまして、土曜日に半日寝ていたんですね。
「久しぶりに天気のいい週末だ、逃してたまるか」という感じで。
それで何とか治して先週末は登りに出かけたわけです。
それから1週間、鼻の調子が悪く、治りかけの風邪を引きずっているような有様でしたが、
今週末また瑞牆で登ったらすっきり治りました。
ということで、そんな日曜日の話。

前日、山岳会のOB会で松本に出かけて、二次会もそこそこで切り上げて帰宅。
そりゃあ、酒よりも肴よりも岩ですよ。
で、翌朝大ザルと先週より少し早く瑞牆へ。
駐車場で1年ぶりくらいにすぎやんに会った。
なんとか職場でトレーニングしてやろうと企んでいるあたり、
「やっぱりそういうこと考えるよね」と妙に安心するやら、笑えるやら。

日陰のエリアは絶対に寒いので、今回は会場エリアへ。
まず「瑞牆レイバック」のあたりでアップして、「霧」(三段)をやる。
何年か前に、1日の終わりにやって少しだけ感触が良かった覚えがあった。
なんていう、ちょっとちゃっかりした考えでやってみたら、いきなりムーヴに迷った。
結局、ほとんど考え直した。ナメんじゃねえよってことか。
考え直したムーヴでやると、左手の指ばかりゴリゴリ削れていくので、
出来る限り早くケリをつけなきゃと、思い切って勝負に出たら案外すんなり登れた。
身長で得しているところが少なからずありそうだけど、まあそれはいいでしょう。

とりあえず本日の目的を果たしたので、少し下って「黎明期」のあたりへ。
「黎明期」(3級)、「東雲」(1級)、「有明の月」(1級)と登った。
「有明の月」は清々しいくらいに「これ持てますか」というタイプの保持課題だった。
「東雲」よりも大分悪かったような・・・
それと、これも数年前に一度やって登れなかった「泉の家」(初段)も登った。
辺りをうろうろしていたら落ち葉で隠れた泥沼にはまってえらい目にあった。
アプローチシューズが無残なことに。すまぬ。

昼のラーメンを挟んで、離れ小島の「未来」(二段)もやったら、
昔やったと思っていたラインはどうも違うらしいと判明したので、
正規のラインで登りなおすことに。
これだって完全に1手ものだけれど、こっちの方が難しかった。当然か。
1手ものなのをいいことに打って打って打ちまくって、パコッと止まって登れた。
(本当にパコッという音がしたらしい)

しばらくあっちを見に行ったりこっちを見に行ったり、登らずにぶらぶらしたけど、
流石にもうひと頑張りしないと一日は終われないので、「ミネルヴァ」へ。
新しいシークエンスが見つかってグレードダウンしたらしい。
思っていたよりもムーヴはこなせたし、指にもこなかったけれど、
上部のフェースに出ていくパートがどうにもこなせなかった。
身体が固いのか、フックが下手なのか。
一番の原因は保持力の低下と体重の増加なんだろうけど。
最後は体がヨレて、1本指ポッケに皮を裂かれて終了。
とにかく、思っていたよりは感触が良かったので、次回はこれ狙いで来よう。


どうも、指皮をゴリゴリとられることをやっている方が健康らしい。
いや、そりゃあそうなんだけども、指がずたずたになっていくのを見て、
「よーし、健康健康」だとか言っている人は、傍から見れば奇人変人の類。
悲しいかな、自分はその一人なんでしょう。

そろそろ、我が家の周りでは初雪が降りそうです。

2017年11月5日日曜日

晩秋なのに

今年は自分の時間が減ったのと、それに加えて天気が異常に悪いせいで、
秋のシーズンが始まってからずっとろくに外で登れずにいた。
昨日は久しぶりに瑞牆でボルダーをしたけど、これも今シーズン初。というか今年初。
おいおい、大丈夫か。

何処に行くか迷ったけれど、結局大面下へ行くことにした。
駐車場は恐ろしい混み具合で、どこもいっぱい。溢れかえるクライマーとハイカー。
なんだか小川山と同じ様子になってきたな。ボルダーのシーズンは特にという感じ。
すこしだけ遠くなるけど、植樹祭会場の駐車場から歩いた。

一番下の岩でアップしていたら、トシさんがひとりでやってきた。お久しぶりです。
DecidedのPにトライする前に、アップを兼ねてもうひとつあるPをやるらしい。
ということでトシさんにくっついて「限られた時間」の岩へ。
そういえばこの岩の課題は全く登れていないので、宿題回収に勤しむ。
「限られた時間」(二/三段?)はどうにも苦手意識があって敬遠していたけど、
すごく久しぶりにやってみたら数回で登れた。
あまりに突然のことでびっくり。
そのかわりというか、左の「消費者」(二段)は出来なかった。
あのおっそろしいカミソリカチを握るのには相応の覚悟が必要ですね。
限られた時間

トシさんのPは、小粒だけれどほとんど可能性を感じないくらいにエグかった。
とにかくシンプルに、持てるか持てないか。こういう強さも欲しいよな。

移動して円盤の岩へ。
まだトライしたことのない「コオモテ」(三段)をやる。
ルーフの下は案外すぐに出来たものの、リップへ出ていく辺りで手こずった。
「これかな」というムーヴに決めて、繋げて、落ちて、
修正して「これかな」というムーヴに決めて、繋げて、落ちて、また「これかな」。
それを何度も繰り返して、そうしているうちに右の指の側面が裂けた。
テーピングを巻いて、修正に修正を重ねて、
結局最初にやってたのとは全然違うムーヴで登った。
勘が鈍っているというか、そもそも読みが甘いというか。
成果があって嬉しかったけど、とりあえず反省。
コオモテ

「コオモテ」を登ってしばらくのんびりしていたら、小雨が降ってきた。
周りの人たちがどんどん撤収していく中、最後に「群晶」(二段)をやってみたら、
これまたサッパリできなかった。
1手目が悪いのは分かっていたけど、その後だって大分悪い。
コンディション?いやいや、今回やった中で一番悪く感じたんだけど。

そんな感じで、なんだか最後がすっきりしない日だったけれど、
久しぶりに岩場で思い切り動けて純粋に楽しかった。
先日数年ぶりに風邪を引いたのだけど、外遊びが足りないとそりゃ体調崩しますって。

2017年10月10日火曜日

push

昨日、大ザルがついに自身のプロジェクトの1P目を初登した。
今シーズン最後と決めた昨日、ちょうど5年が過ぎようとしていた時だった。

今回は、遥々岐阜からがちおさんがやってきて同行してくれた。
久しぶりに会ったら、なんだか髪型がやんちゃしていた。キャラはそのままだった。
前回来た時よりも紅葉の色が深まり、立ち止まって眺めたくなるくらい綺麗だった。
ここしばらく、冬が一足先に来るんじゃないかというくらい冷え込む日もあったのに、
この数日は一気に暑さが戻ってきて、平地では夏日になるくらいで、
そのおかげか、懸念してほどの寒さはなかった。
ただ、弁天岩の取り付きはもう全く日が当たらず、居心地は良くなかった。
「来週どうなるか分からんけど、今日が今シーズン最後だろうねえ」
買ってきたものもりもり食べながら、そんな話をした。

いつもと同じように、大ザルがユマールしていって、掃除しながら降りてきた。
その後にこちらも「ターミナル」のロープを登っていって、リハーサルと掃除をした。
こちらの面は日が良く当たって暖かかった。
秋が深まっても、案外ここは登れるようだ。
取り付きのセクションはまたジメジメしていたけれど、
「余裕があったら今日やってみるか」と考えた。
しかし、荷物のところに戻って時計を見ると、既に13時。
これはいかん、こっちよりもあっちに集中しなければ。

大ザルがリハーサルを1回だけで終わりにし、
がちおさんが初めてのユマールを体験している間、僕は正直、心配していた。
惜しかった前々回や前回よりもアップが少ない気がした。
気温も決して高くないし、国体が終わってから1週間の疲れだってあるはずだ。
だから、多少時間が押していてもアップは入念な方が、と思った。
自分の体のことだから、自分が一番よく分かっているはずだ。
それでも、と思っていた。
多分、「シーズン最後」という言葉に焦っていたのは、僕の方だったのだろう。

「2時半頃にやる」ということなので、時間を見てユマールして上がった。
こうして撮影をするのも、これで3度目だ。
ぶら下がってカメラを構えるのは、重いしきついし、息が詰まる。
がちおさんもなんだか口数が減っているようだった。

最初のワイドをずりずりと越え、「シルクロード」の核心をゆっくりと進む。
一手一手、確かめるようにジャムを決めて進んでくる様子が、
なんだかいつもよりもスローに見えて、カメラを見ながらじれったさすら覚えた。
当の本人はいたって冷静で、確実に高度を延ばしてきていた。
「シルクロード」と分かれ、青エイリアンでの微妙な一手もゆっくりと止まった。
こちらはすぐにポジションを上に移し、カメラを構え直した。

不完全なレストで回復しきらないまま、薄いフレークに大ザルが手を出してくる。
繰り出す足運びに迷いはなかったけれど、身体は明らかに疲れているように見えた。
フレークに入ってすぐに、ナッツをひとつ突っ込んだ。
下にひいて食い込ませると、「ゴスッ」と鈍い音が響いた。
何度も「おっそろしく薄い」「軽い音がして怖い」と言っていたけれど、
その音に怯むことはもうない。
そこからもう何手か出して、最後のカムを入れた。
ここまでは、僕も見たことがあった。その先は、ビレイ点まであと3メートル弱。
明らかに身体は重そうだった。足下も少し震えているようだった。
少し強引に持ち上げた右足が、最後のカムに少しばかり当たった。
「あ、ダメだ」といつもの声が聞こえてきそうだった。

でも、このときの大ザルは違っていた。
呻きも漏らさず、叫びもせず、ただ静かに、少し震えながら登っていった。
確実に花崗岩の結晶を捕らえ、体を預けていく。
もう止まることはなかった。迷いなど一切ないように見えた。
前回ワンテンで最後まで登ったことで、何かが変わったのかもしれない。

1ピッチ目のビレイ点は、長めのロープを繋いで作ってある。
少し離れたところにぶら下がっているそれを、指先で引き寄せてクリップした。
喜び方は、思っていたよりも静かだった。それよりもパンプした腕が痛そうだった。
ロープにテンションをかけ、力が少しずつ戻ってくるのを待つ背中は、
まだ震えているようだった。
カメラを向ける僕も震えていた。

しばらくして、がちおさんがフォローで上がってくるのをビレイしながら、
あーだこーだと声をかけて引っ張り上げる姿は、それだけでなんだか嬉しそうで、
なんというか、流石だな、と思った。
がちおさんは今日これしか登っていないのに、ボロボロになって上がってきた。
「ガンジャより難しい」とかなんとか言っていた。
悪いが、そんなわけあるかよ。

「年に1度の力が出た」と大ザルは言っていた。
僕らは、ときどき不用意に「今日一の登り」だとか「特別な力が出た」とか口にする。
しかし今年還暦を迎えたこの人が、「年に一度の力」を出すのに、
一体どれだけのことを想い、どれだけのものを燃やしたのか、僕らには計り知れない。
実のところ、大ザルの登りは、いつもと何ら変わらないように見えた。
「別人のようだった」とかそんなことはなく、いつもの慎重な大ザルの登りだった。
だからきっと、このクライミングの成否はほんの紙一重だったんだろう。
きっと、あの恐ろしいエクスパンディングフレークよりも薄い、紙一重。
でもその紙一重の重さなら、僕にも想像がつく。
それを克復するためにこの人がしてきたことも、全部ではないけれど知っている。


核心のピッチはこうして登られたけれど、このルートはまだ2ピッチ目が残っている。
ずっと易しいピッチだが、大ザルはもう疲れ切っていて、
時間も遅かったので、今回は帰ることになった。
これで、このルートでの5度目のシーズンが終わったことになる。
続きは6シーズン目に持ち越しだ。
でも、6シーズン目はすぐに終わるはずだ。

今年の冬は、これまでと違う気持ちで越すことが出来そうだ。

2017年10月1日日曜日

lose

ここ数日、一気に冷え込んできた。
かと思いきや、日中はまだ暑い日もある。
この乱高下に体が不調を起こしたりしないか、なんて思ったけど、
こっちががっかりするくらいになんにもありません。
健康というか、鈍感サイコー。

秋晴れになった昨日、単身北の方にある某所に行ってみた。
(まだ詳細な場所は書けませんが、悪しからず)
木立は頭の方から少しずつ色づいていた。もっと深まってから見に来たいくらい。
駐車場から歩いて1時間弱、途中から細い沢に入って、
ぬるぬるの苔に大でんぐり返ししそうになりながら進み、目当ての一体に着いた。
そこそこ難儀だったけど、海谷に比べれば楽だったな。
岩の数は思っていたよりも少ないものの、一個一個は良さそうなので、十分。
それよりも水量が多く、流れも激しくて、対岸にはとても渡れなかった。
ということで、歩いてきた右岸の岩だけ登ることにした。

アップも何も、ほぼ手つかずと思われる場所なので、
とりあえず易しそうに見えるところから磨いて登る。
岩は全体的に硬く、苔もゴミもそんなに載っていなくて楽だった。
完全にエンクラ開拓、になるかと思いきや、
高くて怖い落ち方をしたりとか、小さいのに難しくて登れなかったりとか、
ひとりで結構シリアスになって登っていた。
大体1級くらいまで登って、下の方にある一番の大物へ。
こんなのを登った

一番の大物は、流れに覆いかぶさるように転がっていて、ケイヴを形作っている。
前傾した面にもホールドは見えて、恐らくきちんとつながっているのだけど、
数メートル奥には水が轟音をたてて流れていて、
なんだかここにいてはいけないような気さえしてくる。
なにより高い。ボルトが3本くらいは打たれそうなスケールだ。
とりあえず、ケイヴの隣にある側壁のような岩を登った。
こっちも結構高さがあったものの、2級くらいまでのラインができた。
そこで一番目立つ左カンテもやってみたけれど、
マット一枚ではシビアな核心に突っ込んでいくことが出来なかった。

そうしている間も、大物の下流側のフェースが気になっていた。
背伸びして届くところがルーフの出口になっていて、
そこでマントルさえ返せれば、あとは高いだけのフェースだ。
かかりの良さそうなガビガビのホールドも、そこら中にあるのが見える。
取り付きは石の上で、水飛沫を浴びてはいるがなんとか濡れずに行けそうだった。
散々迷って、「最後にこれだけはやって終わろう」と、マットを敷いた。
チョークアップして持ってみると、やはりホールドは掛かった。
スタンスも大きく、数手我慢すれば問題なくマントルを返せそうだ。

それなのに、フェースに立ち上がることはできなかった。
見た目がぐちゃぐちゃで、遠目にはボロそうに見えるホールドは、
案外しっかりしていて掛かりもいいのに、それでも握るのを躊躇った。
そのとき何を考えていたのか、よく覚えていない。
高さにビビっているのか、水の轟音に気圧されているのか。
それとも何かただならぬものを察知していたのか。
「今、このままこれに突っ込んでいってはいけない」
そう感じたことだけは覚えている。身体に力が入らなかった。
流れの真ん中に敷いたマットは、どんどん飛沫を浴びて濡れていく。
それと一緒に、自分の気持ちも萎縮していく。理由も分からないまま、どんどんと。
たった2、3回のトライで僕は完全に諦め、マットを放り投げた。

あの感覚はなんだったのだろう。
高さや怖さには、結構慣れたつもりでいた。人より鈍い自負もあった。
いつの間にか自分の精神がなまくらになって、
すっかりコントロールできなくなってしまったのだろうか。
ただ、あの時あの場所で、登る気が起きなくなってしまった。

「そんなときに無理をして突っ込んでも、怪我をするだけだろう」
「野生の勘みたいなものが働いたんだろう」
そう考えることも出来る。
でも、なんだかそれも違う気がした。
ただ単に、自分があの岩を前にして、尻尾を巻いて逃げたような、そんな気分だ。

課題云々ではなくて、岩そのものに敗けたような気になるのは、久しぶりだ。

帰り道ずっとモヤモヤしていたものの、
とにかくこの場所は凄くいい場所だった。
今度は腹を括りなおして、きっちり登りに行こう。
敗けっぱなしは、嫌だ。

2017年9月27日水曜日

ひとつのミス

土曜日、夜に2時間弱だけエッジで登った。
とにかく体が動かなかった。重いし、軋むような感じがするし。
弱い刺激でもいいから、継続してコツコツやらないといけないですね。

日曜日、また弁天へ。今回はいましさんが来られないので、社長に同行してもらった。
台風一過とあって、森の中は荒れていた。
滝の前の広場を塞ぐように気が倒れていてびっくり。
山の岩は、川や海に比べて気象の影響を受けにくいはずだけど、
こうして大木が倒れているのをみると、そのうちどこかの岩もなくなるんじゃないかと、
そんな妙なドキドキが少し湧いてくる。

クラックの中はちょっと濡れていたようだけれど、まあまあ乾いていた。
大ザルがリハーサルしている間に、こちらは社長と「グリーンベレー」(5.10d)を登った。
夏の間満足に山に通っていなかったせいか、ジャミングがいつもより痛かった。
クラックの縁が鋭いから、というだけではないと思う。
あるところは鋭敏に、あるところは鈍感になっていないとだめなんだな。
久しぶりの「グリーンベレー」は、そうはいっても快適で、楽しかった。
こういう楽しさを忘れてはいけないな、なんてぼんやり思う。

今回は大ザルが頑張る日と決めていたので、「ターミナル」はまたリハーサルだけ。
いい加減、やりすぎな感じがしてきた。
でも、毎回少しずつムーヴが変わっていくので、
まだ不確定さが残っているのだという気もする。
次回はリードでトライするということに決めて、今回は終わりにした。
ターミナルにも貪欲に手を出す社長(自称リハビリ中)

大ザルのビレイは社長に任せて、こちらは撮影に徹した。
大ザルはまたクラックを突破して、レストを挟んで核心のフレークへ。
フレークに入ってから一つ目のプロテクションで、ほんの少しのミスがあった。
時間にして、恐らく10秒かそれくらい。
その時間そこに留まって、不具合を直しているだけで、一気にトップが遠のいた。
そこから数手頑張って、最後のカムを入れたところで諦めてしまった。
前にどこかで、プロテクションのセットはそれだけで1.5手分の負担があると書いたけど、
今回改めてそれを実感させられた。
その行程で生じたひとつのミスで、危険度は高まり、完登は離れていく。
何度も、何年も通っているところであってもだ。
本当、クライミングは複雑だ。

取り付きにあった花(大文字草というらしい)

2017年9月10日日曜日

秋口

9月になりました。だんだん涼しくなってきましたね。

今日はいつものメンバーで弁天へ。
数日前に雨が降ったはずなのだけど、滝の水は少なめだった。
弁天岩はいつものように、乾いていた。
アプローチの途中にも、取り付きにも、
大きくなりすぎたキノコがくたびれたような姿で生えていた。

大ザルがクリーニングに行ってから、こちらは今回も「ターミナル」のリハーサル。
毎回ちょっとずつ、ムーヴが変わっている。
どういう風にも登れるし、どういう風に登っても悪いものは悪い、というわけか。
毎回ちょっとずつ発見することがある、と考えれば、
このルートにはまだまだ自分に見えていない部分があるということで、
それなりの価値があるようにも思える。
とにかく、今回もちょっとムーヴを変えてみた。
それに、出だしの湿気たレイバックは今回も嫌な感じだった。
ここが一番悪かったりして。

大ザルのリハーサルが終わってから、もう一度「ターミナル」。
今度は下のパートから順に繋げていってみたけれど、
出だしのレイバックも、その上のワイドも、まだまだ不確定な部分が多い。
フェースに出てからのパートも、前半の奮闘度合いを考えると、
ただそこだけやっているよりも幾分リスクが増すように感じる。
きっちりしていたつなぎ目が綻んでいく感じ。
こういうことがあるから、ルートは難しい。
今回はここまでで終わりになった。

大ザルは今年、足腰を更に鍛えて調子を上げてきていたけれど、
今日は久しぶりに体が攣ってのたうち回っていたらしい。
「今日はやめて帰ろうかな」とかなんとか言っていたものの、
恐る恐るシューズを履いてリードして、また少し最高到達点を更新。
不動沢の秋はこれからどんどん深まっていく。
今シーズン中に最後の一線を超えられるのか。

天気が安定していてくれることを祈るばかり。

2017年8月28日月曜日

欠乏症(気味)

お久しぶりです。
いや、忙しい時期もあったけど、クライミングをしていなかったわけではないんですよ。
単に今年の夏が、嫌がらせかというくらいに雨だっただけで・・・
「また雨か」とぶつぶつ言って、一向に晴れ渡らない山の方を睨んでうちに、
昨年までよりずっと短くなった夏休みは終わって、早くも秋の気配です。

そんな感じの燻り続けた数か月でしたが、昨日久しぶりに瑞牆に行ってきた。
不動沢は乾いているやら湿気ているやら微妙な感じだったけれど、
弁天岩はまあそこそこ乾いているという感じだった。

手首が痛いらしい大ザルはゆっくりやるそうなので、「ターミナル」に上がる。
久しぶりの手触りは気持ちよく感じたけれど、なんだかヌメった。
とにかく1P目のムーヴを再確認して、プロテクションも確定した。
自分が時間をかけてやるルートのことは、子細な部分まで覚えていることが多いけれど、
そうは言ったって通っていなけりゃどんどん忘れてしまうわけで、
単なるムーヴの連続で終わらないこういうルートは、なんというか、進めにくい。
いまし監督が「撮りたい」オーラをむんむん出していたけど、
出だしの自然に還りかけているレイバックがシケシケで怖かったので、保留。

大ザルはリハーサルだけで終わりにするようだった。
とりあえずアッセンダーでせっせとリハーサルしていた。
前まで散々悩まされていた体の攣りも今回は起こらず、
足腰を鍛えている効果が出ているようだった。
野山を元気に歩き回れるって、大事よね。

大ザルの時間が終わってからもう一度「ターミナル」に上がって、
今度は2P目のムーヴをやり直した。
多分これ、地上にあってボルトが打ってあったらなんてことないんだろうな。
それがこの岩の細く張り出したカンテの先端から一歩踏み出したところにあって、
しかもアンカー以外のボルトが皆無なので、グレードなんてどうでもよくなってしまう。
ムーヴはほとんど忘れかけていたので、ほとんど作り直した。
落ちることはないと思っているけれど、
1P目を登った直後だったらこれだって負担に感じそうだ。
でもそれがいい。

結局、今日無理やりリードに持ち込んだとしても、
シケシケの出だしで滑ってグラウンドする図しか浮かばなかったので、やめた。
大ザルもリードでトライしなかったので、なんだか気の抜けた感じの日になった。
ただ、それぞれに一応の収穫はあったので、まあいいか、というところ。

分かっていたつもりだったけど、やっぱりこういうクライミングは間を空けちゃだめだ。
また仕事は忙しくなるはずだけど、飽きが深まる前に頑張らねば。
どんな状況でも、瑞牆での夏を収穫なしで終えるわけにはいかんのです。

2017年6月24日土曜日

県大会~梅雨のさなか

ごぶさたしとります。
春からばたばたばたとやっていたら、あっという間に6月も下旬。
その間、まあ細々とクライミングは続けておりました。
ブログを更新しなかったのは、忙しかったのもありますが、
住んでいる家に未だにネット環境がないだけで・・・早く整えなきゃ。

先週末は年に一度の県大会でした。今年の会場はアチーブ。
今年は当然のように練習できていなかったわけですが、
それにしてはまだまともな登りが出来たかな、というところ。
最終的な結果は総合で3位タイ。ルールにより、今年は国体代表にはなれませんでした。
結果に不満があるわけでも、満足したわけでもないですが、
来年は今年よりもいい登りが出来るように、今から頑張っていこうと思います。
「来年は今年よりも」この一点につきます。

さて今日は大ザル、いまし監督と不動沢へ。
例年であれば梅雨入りして、そろそろ雨ばかりでダメな季節になるはずが、
今日はカラッとしていい天気、いいコンディションだった。
弁天岩は標高2000メートルちかいので、まだ防寒着が必要だった。
大ザルがPを念入りにリハーサルしている間に、
こちらは前に来た時にロープをかけておいた「ターミナル」(5.12c 2P)を探る。
サル左衛門が登って以来、トライしたという話を全く聞かないこのルート。
実際にぶら下がって見てみると、実にいいライン。
船のへさきのように突き出したカンテに向かって絶妙に弱点がつながっている。
カンテの上にちょうどいいスタンスがあってピッチが切れているのもいい。
ただ、プロテクションはかなりシビアな様子。
今日はフィックスロープで1P目を下から上までだいたいバラしてみた。
前半にある10cだかのワイドがまずしんどい。しかもランナウト。
加えて、フェースに出てコーナーに入ってから一気にプロテクションが悪くなる。
最後はエイリアンの青くらいを1個入れてボルダームーヴ。
12cと言われればそんな気もするが、実際13あってもいいのかもしれない。

大ザルは入念なアップの後、本気トライで昨秋の最高到達点を少し更新。
良い動きだったものの、やっぱりヨレとパンプが問題らしい。
それに、後半のフレークは精神的にも堪える様子。
「中日新聞くらいの厚みしかない」とか言ってます。
しかし、本人曰く厳しいのはあと4手。
だんだんと、その日その時が近づいてきているようです。
あとは、条件次第だろうか。

2017年5月5日金曜日

次を探したい

今日はまた大ザルと不動沢へ。
今回は近場で、前烏帽子と烏帽子のルートを登りに行った。

GW真っ只中ということで、植樹祭会場はどえらい賑わい。
駐車場が溢れかえって、キャンプ場も飽和状態。ひえー。
ボルダーはさぞかし人が多かったんだろうなぁ。

実はちゃんと登ったことがなかった「新緑荒野」(5.11c 5P)から。
1P目の11cがいきなりガツンときてビビった。
いや、アップなしでちょっと汚い11台はビビりますって。
核心はもっと楽な手順がありそうだった。
その上は右の「ハイド」(5.10a)を登って、更に短いピッチを登って中段へ。
「ハイド」はそれこそ10年ぶりくらいに登った気がする。
久しぶりに登ってみると、形状をあれこれ使っていいルート。
トポでは10aになっているけど、5.9で収まってるんじゃないかとも思う。
中段のバンドから上がルートのハイライトになるワイドなのだけど、
実は今までここをちゃんと登ったことがなかった。
前に来たときはたしか、まだこういう広い割れ目を敬遠していた時期で、
少しでもチムニーとかワイドっぽい動きがあれば嫌がっていた。
それを思うと、成長したというか、変わったんだなと思う。
最後に見た目より悪いグルーヴ状を登って、岩のトップに立った。

前烏帽子はこれまであまりちゃんと登ったことがなかったのだけど、
近くて乾きも早く、景色も良いしルートも快適、というなかなか素敵な所だった。
これからもちょくちょく足を運びたいところ。

まだ時間があったので、烏帽子岩の下部岩壁に行って、
「あげこまるルート」(5.10a)を登った。
出だしの弓状クラックには、その昔、木が突き出ていたんだとか。
中間部からは易しいワイド~快適なフレークのレイバックと続き、
ちょっと汚れてじゃりじゃりしていたけれど、良いルートだった。
車のドアの開け閉めが聞えるくらい近くに、こんなルートがあったんだな。
その後トップロープで「イギリス式」(5.11c)を探ってみて、
掃除が必要なのと、今日のギアでは不足があることを確認してやめた。

明日は雨になるようで、これにて今年のGWのクライミングは終了。
なんだかのんびりしたクライミングが続いているけれど、
そろそろ次のシリアスな目標を探したい。
クラシックを廻るのは楽しいし、発見もあるから大好きなのだけど、
価値の有無は別にして、楽しいことをやっているだけでは、鈍っていってしまうのです。

2017年5月4日木曜日

1か月経ちまして

社会人になって1か月経ちまして、まあなんとかかんとかやっております。
十数年ぶりにスキーなんぞやってみたら、日に焼けて顔がバリバリに。
それと派手にクラッシュしてあちこち痛い。
そんなこんなですが、細々とやっております。

先週末、大ザルと久しぶりに不動沢へ行った。
去年の秋はそもそもほとんど登らなかったので、瑞牆に行くのがそもそも久しぶり。
不動沢にはまだ結構雪が残っていたけど、この日は気温が高くて非常に快適だった。

今回行ったのは不動岩。
「ヘルスラブ」を登って「牛乳びんクラック」を登って、
さらに「胎内くぐり」から上の岩稜に出て不動岩の頭まで抜けてみた。
「ヘルスラブ」の出だしはやっぱり緊張した。
そして苔っぽい。もっと登られればいいのに。
「牛乳びん」でずりずり体をすり減らして、
「胎内くぐり」で手の切れそうなクラックと穴の通過を楽しんで、
その上はシャクナゲのブッシュ。
「昔はこんなんじゃなかった」と言う大ザル。そりゃそうだわな。
ブッシュを抜けた先に短い壁があって、
ワイドから木の生えたコーナー、短いクラックをたどる5.9くらいのピッチだった。
それを越えると一気に傾斜がなくなって、岩稜になった。
この最後の岩稜に「メガネのコル」というのがあって、
なんとチョックストーンが二つ並んで挟まっていた。
その上を歩いて渡る、冒険心を刺激されるピッチだった。感動。
最後は岩稜が平らになったところで終了して、右側のルンゼに降りた。
このルンゼの下降がちょっと不快だったのを除けば、
全部で10ピッチ近い充実したクライミングになった。
この程度のルートを登るだけの体力はまだあったようで、少し安心。


GWになって、昨日は帰省してきたサル左衛門といましさんを交えて、
最近アプローチの林道が復旧したらしい遠山川の山エリアへ行った。
発電所のところにゲートがあって、そこからは歩き。
一番下流の「マグノリア」までが20分くらいで、
「ユーロボーイズ」とかのエリアはかなり遠くなってしまった。
「マグノリア」の岩は特に変化がないようだった。
数年経って全体的に苔むしてきていたし、ちょっと埃っぽかったくらいかな。
近くの小さい岩と、裏面の2級くらいの課題でアップして、
サル左衛門がこの日初登した「ガッテン」(三段)をやってみた。
ファットピンチからの1手目がおっそろしく悪い。潔いくらいの真向勝負。
いましさんと二人で打って打って打ちまくったけど、結局止まらず。
このグレードの一手モノともなると、さすがに厳しいですね。
サル左衛門は隣の岩のPも初登していた。こっちは四段らしい。
ガッテン

スキーで転んで打ったところが痛かったし、疲れていたので昼寝。
起きたら、いましさんが近くの岩でせっせとマントルに励んでいたので参戦。
最後は見るからに簡単そうなところでど根性マントルになったりして、
更にそのロースタートにはまったりして、なんだかんだ盛り上がった。
最後に登ったロースタートは1級くらいあったような気がする。


そろそろ、生活のリズムにトレーニングをちゃんと組み込んで、
それから新しいプロジェクトも探したいところですね。

2017年4月7日金曜日

オトナ

もう1週間たってしまいましたが、まずは先週末のことを。

先週の日曜日、春の陽気の中、大ザルと瑞浪に出かけた。
なんだか分からんけど、ものすごく賑わっていた。これが平常なのかな。
どこのルートにも大体人が取り付いている。
夏の週末の小川山を一カ所に押し込めたみたいだった。

とりあえず10台のカンテを登って、コーナークラックの5.8も登って、
ちょうど空いていたので「イヴ」をリピートすることに。
が、カムの選択がことごとくはずれ、セットに手間取ったりしてあっさりテンション。
リピートだからといって、舐めてかかっちゃ登れませんわな。
それよりむしろ、前回よく一撃したな。
なんだかいろいろ上手くいかなくて頭にきたので、次のトライでちゃんと登りなおした。
それから10台までのスラブや太めのクラックを数本登り、
日がガンガン当たっている「アダム」も登って、
指も爪先も痛くなる程度には体を動かしたので、まあよしとした。
指皮が、ちょっと間が空くと普通の人のそれになってしまうように、
クライマーの足だってしばらくすればシューズを受け付けなくなってしまうみたいだ。
なんであれ、身体になにかを与え続けるって、大切なんだなと思う。

ところで、瑞浪は岩がコンパクトで、簡単に回り込めるので、
トップロープは張りやすいし、いろいろと手軽で快適だ。
それにしたって、この日はリードで登っている人をほとんど見かけなかった。
それこそ、なんだか不気味なくらい。
クラックだってスラブだって、怖いものは怖いし、
確実に慎重にやろうというのは勿論いいことだと思うけれど、
それでもリードで登ることが前提にあってこそのトップロープなのではないのか。
リードルートをトップロープで登ったって、それで終わっては勿体ないでしょうに。
クラックであろうとなかろうと、
そのルートにリスクがあろうとなかろうと、
それらは墜落することを覚悟のうえで、あるいはそれを克服する覚悟のうえで、
向き合って頑張らなくては、なんというか、勿体ないのです。
そのうち、トップロープで登って「〇〇をRPしました」というのがまかり通りそうで、
そういう風になってしまうのは、凄く嫌だ。
気のせいかもしれないし、気のせいであってほしい。

さて、ぼやくのはこれくらいにして・・・

僕はこの春から、社会人になりました。
紆余曲折を経て、自分が目標にしていた職に就くことが出来ました。
先日、引っ越しを終えて実家を離れるとき、
マイカーに乗り込む僕を見て、祖母が一言、
「やっと大人になった感じがするね」と言ってくれました。
後から噛みしめてみると、これが結構重く感じます。

これからは、これまでとは違います。

これからクライミングとどれくらい向き合えるのかは、今のところ分かりません。
一気に登れなくなるかもしれないし、案外変わらないかもしれません。
どちらにしたって、僕は少し違う人間になるようです。
そんなことを考えたときに、ふと、ブログをどうしようかと考えました。
ここで一区切りにするというのも、選択肢としてはアリなのかと。
そもそも、社会人になったのに「大腸菌小僧」という名前はどうなのか、とか。

でも、変えることはしません。
だって、社会人になっても、それ以前に自分はクライマーなのだし。
クライミングとの付き合い方がこれまでと少し変わるだけのことです。
社会人になろうと、いわゆるオトナになろうと、
きっと僕が尊敬する人たちにとっては、僕はいつまでたってもやっぱり小僧なのです。
それに、小僧のままでいたいな、とも思います。
スーツを着るようになっても、岩場へ行けばまた苔と泥と埃にまみれている、
そんな自分のままでいたいわけです。

あー、早く瑞牆のシーズンにならないかな。

2017年3月13日月曜日

久々の刺激

昨日はエッジ常連組(はげしめ)の皆さんと、豊田へ行った。
豊田に行くの自体、もう数年ぶり。だって遠いんだもの。
何処に行くか集合してから決めるアバウトっぷりだったけど、
全員なんとなーくの合意の上で、神越へ。
前日エッジでそれなりに登っていたので、指皮がすでにちょっとピンク色。
指皮を酷使するクライミングをずっとしていなかったので、
皮の硬さは一般人並みになってしまっているのです。
そんな状態で不安があったけど、神越は河原なので少し安心。

まず「神楽」周辺から。
その辺の岩で適当にアップしてから、「黒い鬼」(d?)。
もともと三段だったのが、ホールドが大きくなって易しくなったんだとか。
たしかに、初段ないくらい。2回目でゲット。
次に「神楽」(e)も一撃を逃して、2回目で登った。
常連様方の「神楽」での大セッションをしばらく観戦して、
ちーさんがやっている「RAIZEN」(g?)に参戦。
「ZEN」(f)はとりあえず放置。
1手目をどうするかちょっと試行錯誤して、それが出来たトライでそのまま登れた。
後半でヨレ落ちしそうになったけど、ホールドの掛かりがいいのでごり押し。
うーん、こういう場面でもっと合理的な登りが出来るようになるべきなんだけどな。
とにかく、登れてよかった。
あとは「オニヤンマ」(f)を股間を打って悶えたりしながら登った。

「ポリっちょ」こと、あかはねさん on 神楽

ちーさん on RAIZEN

ちーさんも「RAIZEN」を登ったので、二人で少し上流へ。
「ワイルドストロベリー」(g?)をやりに行った。
この岩はフリクションばりばりで、指にくる感じ。
1手目がいきなり悪く、全然出来ない。とにかくカチが持てない。
2手目以降をバラしにかかってみたけど、弱った指皮が悲鳴を上げるし、
指皮出る汁でヌメり始めるしでこっちもなかなか出来ず。
なんだ、結構調子がいい気がしてたけど、気のせいだったか?
ちーさんは全ムーヴをバラしたものの、繋がらず。次回ですね。
折角来たので近くの「バットマン」(f)を登って、一度下流に戻った。
「バットマン」は取れそうなブロックが怖いけど、
花崗岩とは思えない今風のムーヴ連発で面白かった。
こんなのもあるんだな、豊田。
ワイルドストロベリー

下流では皆さんが「ZEN」でセッション中だった。
ちょうど、けんさんが登って100段を達成したところだった。
岸さんも登って初の二段になったそうで、なんだかBIG dayでしたね。
他の人と同じムーヴをせずにやたら遠回りして登ることに定評のあるタイちゃんは、
なんやかんやと文句を言いながらも「神楽」も「RAIZEN」も登ったらしい。
そんな様子をしばらく眺めて、タイちゃんとちーさんと三人で再び上流へ。

「The Storm」(e)へ行って、まず隣の岩の「ビビン波」(f)から。
SDからひたすら微妙なピンチで耐えてリップにどーん、という感じ。
なんだかサル左衛門のおじさんシリーズを彷彿とさせるサイズ・・・
やってみたら案の定一切誤魔化しのきかないタイプだったものの、
ピンチがしっかり掛かったトライで思い切り跳んだらなんとか止まって、登れた。
もう指が痛くて仕方なかったけど、そのまま「The Storm」にもトライして、
鋭いカチに半泣きになりながら3回目で登った。
多少脆いのを除けば、高さと緊張感があっていい課題。

思いの外早く登れたので、下に戻って、「Happy Birthday」にいる常連組に合流。
もう指が痛くて仕方なかったけど、「Happy Birthday SD」(f)にトライ。
流石に疲れていたのか、スタンドに合流してからのランジが止まらなかったものの、
しぶとく打ち続けて、ギリギリ止まって登れた。
最後に右の「Rummy」(e)を危なっかしく一撃して終了。
タイちゃんが最後の最後に「Happy Birthday SD」を登って、
登りは素晴らしいのにヒーローになりきれないキャラを印象付けて終わった。

身体に久々の強烈な刺激が入って、いい具合に疲れた。
こういう疲労感なら、あちこち痛くてまあいいかな、と思う。
春休みは残りわずかだけど、次はどこに行こうかな。

2017年3月6日月曜日

帰国後

この週末は、遠山川に行ってきた。
帰国してみれば、2週間で季節はすっかり春に近づいていて、
家の近くにはイヌノフグリが咲き始めているし、日差しも気持ちがいい。
遠山川の集落のあたりには梅が咲いていた。
そんな季節なんだな。

今回はりょーちゃんとお母さんが一緒。
僕はあまり激しく登るつもりがないので、
とりあえずどこ行ってもいいや、という感じでまったりついていくスタンス。
「前回行ってないところに行こう」ということで、下流から。
だまし岩の下地が上がって、ハングの中に入れなくなっていた。
「だましハング」とかはほぼレイダウン状態で強引に浮いて登った。
他の岩はだいたい例年通りだけど、全体的に下地の状態は良さそうだった。
りょーちゃんは「バカ犬」(3級)を登って、「TT」(2級)も登って、
そのまま「TTT」(1級)まで登って、だんだんここのツルツル具合に慣れてきた様子。
TT

上流に移動して、神楽ケイヴ周辺へ。
りょーちゃんは宿題になっている「ざざむし」(2級)をやっていた。
こちらは、珍しく「禊」に下地があって、しかもチョークがついていたのでトライ。
これをやっている人がいるなんて、それこそ初登以来なんじゃないか。
スタートからいきなりパワー全開のムーヴで、
中間のガバをどう取りにいくのか、なんだかよくわからん。
チョーク跡のおかげでホールドは見えるけれど、足が悪い。そして滑る。
ついこの前までフリクションばりばりの花崗岩だったしな。
やっていくうちにどうやらそれらしいムーヴを発見。
指が痛かったので深追いは出来なかったけど、なんとか中間のガバは取れた。
これでも十分悪かったけど、ここからまだ半分あるのか・・・
最後はリップのスローパーにデッドかランジだろうな。
来シーズン下地があるかどうかわからないけれど、また来ます。

りょーちゃんはリーチぱつぱつで「ざざむし」は登れず。また次回。



まだ多少燃え尽き状態を引きずって、若干の消化不良を抱えている。
ここからきっと自分の日常が目まぐるしく変わっていくので、
それが一先ず落ち着くまでは適度にやっていけばいいかなと思ってしまう。
多分、完全に消化するにはもう少し時間がかかるんだろう。

ところで、部屋に作ったフィンガーボードを解体した。
この部屋の間取りに合わせて作ったので、他の場所にそのまま持って行っても仕方ない。
Stingrayのために作ったものだったから、もう役目は終わったわけで。
数日かけて作ったのに、解体は1時間半くらいで終わった。儚い。
角材についたチョークの跡を見ながら、半年だけしか使わなくても、
このフィンガーボードを作ってよかったと思った。
勿体ないとは思わない。

2017年3月1日水曜日

Stingrayのこと

2月25日の夕方、僕はStingrayを登りました。
通算で12日目、この日2回目のトライでした。


昨年のツアーで7日間トライした末に敗退した僕は、
それからの1年をこのルートに戻ってくるために使おうと決めました。
今年度は就職試験と大学院での研究の2本立てで、
クライミングに充てられる時間がこれまでの半分以下になることは分かっていました。
事実その通りで、夏に試験が終わったと思ったら、
それと入れ替わるように研究の方が忙しくなり、
2か月ほどクライミングを完全に休止していました。
ただしその間も、部屋に作ったフィンガーボードで、
少しずつトレーニングをしていました。
クラックのためのトレーニングなんかほとんど知らず、
手探りであれこれとやってみて、トレーニングメニューを作っていました。
研究がひと段落着いた1月下旬にクライミングを再開し、
久しぶりにジムに行ってみたときは、それはもう酷い状態でした。
指皮は弱くなり、力も出なくなり、すぐにパンプして、身体はうまく動いてくれない。
それでも可能な限り体に刺激を与えて、せめて休止前の状態に戻ればと、
ツアーまでの数週間をがむしゃらに使っていました。
有り難いことに、大ザルが日曜大工と称してジャミング用のホールドを作ってくれ、
それをエッジに持って行ってStingrayの核心のレプリカを設定して、
何度も何度も登りました。
ツアー直前にはレプリカを大分安定して登れるようになったものの、
一方で単純なパワーや持久力はなかなか戻らず、
少なからず不安要素を残したまま出発の日を迎えました。


Stingrayへのアプローチの途中には、立派なケルンが立っています。
昨年のトライ最終日、敗退が決まった後、
僕は石を7つ拾って、そのケルンの隣に積みました。
自分がそのツアーでトライした日数分の、7つの石。
そんなことをしなくてもこの敗退を忘れることはないけれど、
Stingrayを登れた時に、自分の作ったちっぽけなケルンを蹴飛ばしてやろう。
そう考えて石を積んで帰りました。
今年のツアー2日目、1年ぶりに足を運ぶと、
例のちっぽけなケルンはもう崩れてなくなっていました。
そりゃあそうか、雨でも降れば崩れるよな、と思ったものの、ちょっと拍子抜け。

1年ぶりにトップロープを張りに行ったとき、
Stingrayの終了点からロワーダウンしていくとき、本当に緊張しました。
1年経って、このクラックをどう感じるようになっているんだろうか。
易しく感じるのだろうか、難しく感じるのだろうか。
そもそもムーヴが出来なくなっていたりしないだろうか。
蓋を開けてみれば、実際あまり大きな変化は感じませんでした。
核心の一連のムーヴは依然として苦しいし、その後のセクションも楽ではないし、
これはこれで拍子抜けするくらいに1年前の通り。
がっかりする気持ちと、安堵する気持ちの両方がありました。
その日はトップロープでムーヴとプロテクションを確認し、深追いせずに終わりました。

久しぶりにやってみると、本物はエッジに作ったレプリカよりも難しく、
これには「あー、やっちまったな」と少し後悔を覚えました。
しかし、自分の記憶よりは難しかったものの、こなせないほどではなく、
その点については曲がりなりにもトレーニングの成果があったのかなと思いました。

トライ2日目からはリードでのトライを始め、少しずつ勝負に持ち込んでいきました。
が、その後の勝負は予想していたものとかなり違ったものになっていきました。

驚いたのは、自分の指の変化でした。
手探りでやってきたジャミングのトレーニングのおかげか、
リードのトライはテーピングなしでできるくらいになっていました。
1年前はトップロープでもリードでも、トライするたびに流血していたのに、
今年はそこまで酷く皮を取られることはなく、トライの頻度も増やすことができました。

しかし、ジャミングの痛みというクラックとしての難しさの他に、
Stingrayのルートとしての難しさが次の問題になりました。
核心のセクションをこなしても、そこはまだルートの半ば。
その上には5.12の後半部分が待っています。
この部分は足元が悪く、ちょっとしたことですぐにスリップします。
加えて前半のパートをこなした後のヨレ、そしてパンプ。
そこだけやればなんてことないムーヴでも、
そこまでのミスやダメージの蓄積で全く別物のようになり、
繋げたらどこで落ちてもおかしくないくらいに感じるようになりました。
核心をこなせたからといって、それだけで登れてしまうほど甘くはないわけです。
1年前の最後のトライでやっと核心を越えてぶち当たったその事実に、
今年もまた行く手を阻まれることになりました。

2日目のトライは核心で落ちたものの、
3日目のトライで核心を越え、その次のセクションでスリップ。
4日目には更にそのセクションを抜け、
残り3手のところでまた足が滑って落ちました。
気が付けば、僕にとってこのルートの核心はもはや中間のボルダーセクションではなく、
後半に怒涛の如くやってくるミスの許されない繊細なレイバックになっていました。
事実、今年のトライで核心が越えられなかったのは、最初の1回だけでした。
2週間は短いです。1日おきにトライしていても、あっという間に残りは数日。
どんどんと追い込まれていき、そこにきて4日目のトライでのフォール。
足が滑って落ちたとはいっても、その瞬間は完全に疲れ切っていて、
腕はパンパン、肩はヨレヨレ、体は持ちあがらず、そのせいで滑ったようなもの。
滑らなかったとしても、そのまま押し切れたかどうかは分からない。
そのシビアな状況をルートとの駆け引きとして楽しむ余裕は既になく、
ただムーヴを思い返して気持ちを落ち着けるしかありませんでした。
「気持ちで負けたら何も残らない」とか「諦めたらそこで試合終了デスヨ」とか云々、
頭の中でぐちゃぐちゃと考えてはみても、それで現実が変わるとも思えませんでした。

そうして迎えた2月25日。帰国まで残り2日で、恐らくStingrayへのトライは最後。
朝から快晴で、風も弱く、前回よりもかなりいいコンディションでした。
しかしその条件下で臨んだトライは、またしても残り3手でフォール。
レストポイントでしっかり休んだにも関わらず、
続く数手で一気にパンプが戻ってきて、捨て身で出した左手はクラックに入らず、
更にはまた足が滑っているし、もうなす術なし、という具合でした。
ロープにぶら下がってひとしきり叫び散らした後、
ほんの少しだけ冷静になった頭で次のトライのことを考えました。
今日やるか、明日に延ばすか。

もしかしたら自分は、多少ジャミングに慣れただけで、
その他のものはまるで足りていないのではないか。
持久力、フットワークの繊細さ、集中力・・・
というかそもそも持久力が足りないのは明らかでした。
たしかにジャミングの練習は懸命にしたけれど、
今これが登れなければ、なんにもならないじゃないか。
このルートがジャミングするだけでは登れないルートだということは、
1年前に敗退した時から分かっていたはずなのに、なぜそれを放っておいたのか。
この1年間に限らず、これまでずっとリードをあまりやらず、
真剣に持久力のトレーニングに励んでこなかった自分を恨みました。

それでも、指の皮はまだ耐えてくれそうだったし、
明日突然天気が崩れるかもしれないし、トラブルがあるかもしれない。
そもそも、今日は2回トライするつもりでいただろう。
そう考えて、1時間ほどのレストを挟んで2回目のトライをすることに決めました。

何も持たず、ただぼんやりと近くを散歩していると、
不意に5メートルくらい先にウサギが出てきて止まりました。
咄嗟にこちらも立ち止まって、じっと見つめていました。
逃げる様子がないので、そっと写真を撮って、ウサギが去っていくのを見送りました。
Joshua Treeでウサギを見かけるのは珍しいことではなかったけれど、
最後のトライを前に揺れている僕には、それがなんだか特別な出来事に思えました。
取り付きに戻り、一段上のテラスに上がって準備をする間も、
肩周りに残っている疲労感が気になっていました。
もしかしたら、中間部すら越えられないかもしれない。
それでも、このトライできっと最後なのだから、もう守るものは何もない。
もしこのトライでも登れなかったら、その時は、岩の上で思い切り泣けばいい。
捨て鉢になることなく、かといって気負うわけでもなく、
何度も深呼吸をして、この日2回目のトライに臨みました。

回数を重ねるごとに感触がよくなっていった中間部では、
声が出たもののまた少しばかり易しくなったように感じました。
3日目にスリップしたところも一切のミスなくこなし、レストポイントへ。
身体を倒し、出来るだけゆっくりと呼吸をしながら、
前のトライとなんら変わらず、体のあちこちがヨレているのを感じ、
「本当にこれで押し切れるんだろうか」と、また考えてしまいました。
あと3手。あとたった3手延ばすことが出来れば、全部終わるのに。


レストポイントを離れて、一度左のスラブに身体を乗り出して、
左手でがちゃがちゃしたカチを全力で握り、右手を次のフィンガージャムへ。
ここまで出るともう戻れない。もう突っ込んでいくしかない。
祈るような気持ちで右足のスタンスを拾い、更に2手送り、
スメアで足を送って左手をクロス気味にクラックへ。
前のトライはこの1手で落ちた。
今度こそ捕らえたと思った左手は、いつもより少し下に入ってしまって、
急いで掛け直した。足はギリギリ滑らなかった。
もう腕に力が入っているのかどうかもよく分からず、引き剥がされそうになる。
それでも更に2歩足を送って、右手のアンダーを差し、強引に最後のガバを取った。
その瞬間に足がまた滑ったものの、左手はもう完全にガバを捕らえていた。

アンカーにクリップして、僕は自分でも驚くくらい大きな声で泣きました。
どうしてこんなに涙も叫び声も止まらないのか、分かりませんでした。
登れなかったら泣こうと思っていたのに、なぜ登れたのに泣いているのか。
それも全く分からずに、泣きに泣いて、鼻水を垂れ、酷い有様でした。
近くのテラスでカメラを回していたサル左衛門が岩の上に回ってきたので、
僕も岩の上まで行って、サル左衛門と抱き合って、また少し泣きました。
弟の腹に顔をうずめて泣くなんて、恰好悪い兄ですね。ごめんなサル左衛門。

少し落ち着いてから、クラックを掃除して下り、
福ちゃんともアラカワくんとも抱き合っている間も、
自分がこのルートを登ることができたことが信じられませんでした。
レストしているときは、前のトライと変わらないと感じていたのに。
きっと、何かが違っていたのでしょう。

Stingrayの取り付きには、誰が置いたのか、
コインが何枚か賽銭のように置いてあります。
片づけを終えて、僕もやっと、25セント硬貨を一枚、お供えすることが出来ました。

それなりにトレーニングもしていた一年前の自分が出来なかったことを、
あまりトレーニングできていない今年の自分が出来るはずがないと、
そう考えたことは何度もありました。
それでもなんとかかんとか、僕は歩みを進め、
カタツムリのようにゆっくりでも、ここに辿り着くことが出来ました。

自分がした選択と、そうしてやってきたことを、疑い続けた一年間でした。
そして今、僕は一年前の自分をついに追い越して、
これまでの自分に漸く胸を張ることが出来ます。
もう疑わなくていい。
これでまた少し、自分自身を信じることが出来ます。

クライミングを真剣にやるようになって、15年が経ちました。
これが15年経った今の自分にあるすべてだったのだと感じています。
あれやこれやと彷徨って、雑食というか悪食というか、
あれもこれもとやってみて、その先にあったのがStingrayだったのかもしれません。
次の5年、10年、15年で自分がどうなるのか、
それは今ここで分かるはずもないことですが、
今よりももう少しだけ先を歩いていたいなと、そう思います。

Bishopから駆けつけてくれたいましさんとサル左衛門、
他にルートのないこのエリアにもずっと付き合ってくれたアラカワくん、
2度のツアーに同行して、最後までビレイをしてくれた福ちゃん、
その他大勢の皆さんに心から感謝です。
ありがとうございました。

Joshua Tree 2017 その5

2月25日 「最終ラウンド」
最後の最後で、やっとの思いで笑うことが出来た。

今日は暖かく、風も弱く、いい日和だった。
考えた末に、Barchar Toprope Wallに行ってアップ。
易しいルートと11aの短いレイバックをソロで何度も登り、
福ちゃんが張ったトップロープでBaby Apesも登って、体を起こした。
福ちゃんはBaby Apesを一発で仕留めて、またグレード更新。お見事でした。
Baby Apes

それからStingrayへ移動。
トップロープで確認して、最上部のスタンスも吟味してみたが、
結局は同じところに落ち着いた。
「これで決める」と臨んだトライで核心を越え、レストポイントに入った。
が、またすぐにパンプが戻ってきて、前回と同じところで同じ落ち方をした。
ここにきて、ミスではなく純粋にヨレ落ちしたことに絶望して、
もう無理だ、限界だ、と思ってしまった。
それでももう一回はトライすることに決めていたので、
1時間くらいレストして、2回目に臨んだ。

不思議なものだ。
一度疲れ果てて力尽きて落ちて、疲労も少しは残っているはずなのに、
これまでで一番安定した登りでレストポイントにたどり着き、
引き剥がされそうになりながら、ギリギリで押し切った。
サル左衛門の声援が、足りなかったもう少しの力をくれた気がする。
あとは、終了点でただ泣いた。

皆と抱き合って、暗い中を獣の鳴き声を聞きながら帰り、
買い物に行って、やっとこさビールを買って飲むことが出来た。



2月26日 「the day after」
夕べは3時間くらい寝てから何故か眠りが浅くなり、
あまりよく眠れないまま朝になった。
今朝は一時雨が降り、次第に雪に変わって、止んで日が差したら、
笑ってしまうくらい呆気なく乾いた。
朝食を作り、食べていても、起きているのか寝ているのか、
イマイチ判然としないくらいぼんやりとしていた。
なんとなくの実感があるだけで、いい夢見たなあくらいの穏やかな朝だった。

今日は福ちゃんが手早く宿題リストを潰しにかかった。
Barchar Toprope Wall(3日連続)でアップして、
Rusty WallでWanger Bangerを回収。
アラカワくんはトップロープでやって跳ね返されていた。
Wanger Bangerに挟まる福ちゃん

昼に一度キャンプ場に引き上げてテントを撤収。
そのままSplit Rockに行って、二人がRubicon(5.10c)をやって、
ツアーのクライミングは終了となった。
Rubicon

自分はと言えば、コンタクトすら入れず、ただ同伴している保護者みたいに、
やいのやいの言って写真を撮っているだけだった。
しぼりカスはしぼりカスらしく、大人しくしていたかった。

夕方、街に下って、モーテルでBishop組と合流。
最後にタイ料理を食べにいった。
全員満足してモーテルに戻り、洗濯と洗車を済ませて、今に至る。
使い果たして力の入らない身体は、疲れているというよりも、
スイッチが切れているようだ。
それならまた、どこかでスイッチを入れてやればいい。
まずは無事に帰りましょう。


2月27日 「少しちがう」
帰国日。
数時間寝て、4時に起きて、手早くパッキングしてモーテルを出発。
雨が降る中、ロサンゼルスに向けて走っていった。
夜が明けて、雨は止んで、多少の渋滞に巻き込まれつつロスまで3時間半くらい。
ハイウェイの下り口を間違えて、迷ったり給油したりしていたら、
ちょうどレンタカー屋が開く時間に到着。
空港まで送ってもらい、出国もスムーズだった。
手荷物にガチャ類を全部突っ込んだら、中身を検められたりしたけど。

そうして搭乗、フライト。
跳んで直ぐは眠気があったのですぐ寝たものの、
1時間くらいですぐ起きてしまい、結局映画を4本観て過ごした。
成田は晴れていて、ロスよりも大分肌寒かった。

今年も帰り道は至ってスムーズで、その点は去年と一緒だったけれど、
頭の中で考えていたことは少し違った。
疲れていたのでそもそもあまり考えていないのだけれど、
ぼんやりとした喜びがあった。
去年は感じなかったことだ。

空港からのタクシーでは半分以上寝て、長野に着いて一人でラーメンを食べに行った。
腹が減っては片付けすらできません。
自転車を漕ぐ足は軽かった。

Joshua Tree 2017 その4

昨日、日本に帰ってきました。

2月23日 「4ラウンド目」
今日はひどく寒い日だった。
テントに霜が降りていて、置いてあった水が少し凍っていた。

9時にHidden Valleyの駐車場に集合して、Real Hidden Valleyでアップ。
Loose Lady(5.10a)のあたりで数本登って、少し移動して、
Sports Challenge Rockでまた数本登った。
Sphincter Quits(5.9)はなかなかよかった。
仕上げの一本でLeave it to Beaverを去年よりも気持ちよく登れたところで、移動。

空模様は快晴だが、気温は今までになく低く、風も強く、とにかく寒い。
Stingrayも高いところは風にさらされていた。
トップロープでムーヴを確認したり、撮影用のフィックスを張ったりしていたら、
体が冷えてしまった。
とりあえず日向に逃げ、ぐるぐる散歩して温めて、リードでトライ。
核心のその上で足が滑ったものの、なんとか堪えてレストポイントに入った。
ここである程度回復したと思ったのも束の間、数手で一気にパンプが戻ってきた。
そして残り3手のところでフォール。
後でビデオを見直したら足が滑っていたが、詰めの甘さは即ちヨレからくるもの。
限界だったのかもしれない。
そして今日はちょっと寒すぎた。
カメラを構えていたいましさんもサル左衛門も死にそうだったので、
今夜はモーテルに行って温かいものを拵えて皆で食べた。


今後の予報は悪くないが、気になるのは風。
最後の勝負を前に、もう疲れて何が何やら分からなくなっている。
気持ちの整理は、明日することにする。


2月24日 「逡巡」
今朝は全員寝坊した。いつもよりもゆっくりした朝。
今日もテントに霜が降りていた。
気持ちはまだ整理できておらず、ぐずぐずと胸の内をかき乱していた。

Barchar Toprope Wall

今日はまずEcho Rock近くのBarchar Toprope Wallに行って、
福ちゃんが気になっていたBaby Apes(5.12c)を探った。
瑞牆の「果てしなき荒野」を思い出すような前傾トラッドフェース。
ムーヴはなかなか悪そうだった。
こちらは何もすることがないので、昼寝をしたり音楽を聴いたりして、
登れずに帰るときの言い訳を考え始める自分を、誤魔化そうとしていた。
が、埒が明かないのでStingrayのムーヴをまた頭の中で復習していったら、落ち着いた。
1回、また1回と繰り返して、どうにか整理がついた。



その後はRusty Wallに行って福ちゃんがWanger Bangerをやったものの、
核心で落ちて、こちらはこちらで残り数日にして宿題回収に追われている。
Wanger Banger

福ちゃんのトライは1回で終わり、夕方にHeart of Darknessに移動。
アラカワくんがトップロープでムーヴとプロテクションを確認して、リードでトライ。
1回目はいろいろととっ散らかった登りで、最後のパートでポロ落ちしたものの、
2回目で仕切り直し、夕闇迫る中気合の完登。
初の11がこのツアーで、それもクラックとは。
これからも頑張ってくれ。
Heart of Darkness



明日が恐らくは最終ラウンド。
長い一日になるが、長いだけでなく、いい一日にしたい。