2016年4月25日月曜日

忍び寄る湿気

一昨日、バイトが終わったところで、小DKが外に行くかもという情報を入手。
この週末はパートナー難民だったので外に行くことは諦めていたけど、
週一で登るペースはまだ維持したかったので、即連絡。
で、寝る前30分で即決して、小川山へ行くことになった。

昨日は朝から「小川山は雨でびしょぬれ」とかいう噂を耳にしたり、
それでもとりあえず行ってみたら小DKが久しぶりすぎて道を間違えたり、
いろいろあって少し遅めに到着。
あれ、どんよりしているけど、なんだか乾いてそうだぞ。
雨が大したことなかったのか、遅めに来たのがよかったのか。両方かな。
空気はまだちょっと湿気を含んでいるものの、登ることはできそうだった。

小DKが「黄泉」(三段)をやりたいそうなので、先に林の中へ行ってアップ。
いつもよりは少ないんだろうけど、エイハブの辺りはいつもどおり賑やかかった。
「ダイレクトフィン」(3級)とかを登ってアップして、
小DKをそそのかしてスパイアーの右端の4級をやらせてみたら、ハマっていた。
「スラブでそれ?」みたいなド派手な落ち方をしていて面白かった。
最後には真剣になって登ったけど。
瑞牆からサーキットをこなしてきたジャンボさんがこれにドハマりしたのも分かる。

なんだか予想以上にまともなコンディションだったので、二人で「ミダラ」(二段)へ。
これは前に登っているので、さっさとリピートして、「真夜中まで」(三段)に移行。
小DKも速攻で「ミダラ」を落として合流。
ルーフ内のムーヴを忘れていて、ほとんど作り直して、つなげ。
なんだかホイホイ繋がっていくけど、「ミダラ」に合流したところで右手のカチの保持が微妙になる。
そのまま突っ込んでいったら、最後の1手を出すところで右手がすっぽ抜けた。いたた。
うーん、いやなイメージがついちゃったな。
その後何度か同じところで落ちて、最後のムーヴを変更した次のトライで登れた。
小DKもその後すぐにゲット。
ものすごく低空なのを除けば、いい課題。もうちょっと高ければなあ。
小DK on 真夜中まで

しばらくしてから、石の魂へ移動。ここも混んでいる。
「石の魂」(初段)でピョンピョン跳んでいるのを横目に、しずしず「黄泉」にトライ開始。
1手目は問題なくできて、そこから遠い2手目をどの足で出すかあれこれ試した。
なんだかどれも似たようなものか、という気がしてくる。
この岩はスタンスがどこにでもあるから、とにかく迷う。選択肢がありすぎるのも困るな。
右手の保持に慣れてきたところで初めて2手目で取るホールドを触った。
ずっとポケットだと思っていたんだけど、ただのエッジなんですね、あれ。
一度狙いを外すと、ガストン気味なのもあって持ち直せないみたいなので、
できるだけスローに出てみたら、うまい具合に止まった。
その後の体勢に入るまで3足くらい刻んで、リップにランジ。止まった。
『小川山の日々』で室井さんがものすごい回転しながら落ちていたけど、
それを観てイメージしていたよりはリップの掛かりがよかった。
なんだか突然登れてしまって驚いた。
遠山川の「天照」と系統が似ている気がするけど、こっちの方が少し易しいかも。
小DKは「黄泉」に指を裂かれ、さらに「A.I.T」(初段)で指汁じゅるじゅるになって、
最後のランジでものすごい落ち方を披露して、踏んだり蹴ったりだった様子。
「俺の指ひどい。クライミングに向いてない」とか言い出したし。がんばれ。

雨が降り出しそうな中、謎多き課題「石楠花」(二段)を見に行って、
少しやったものの離陸するので精一杯。
コンディションのせい?それにしたって悪いだろ、これ。
小雨が降ってきたので、強くならないうちに撤退した。

久しぶりに触った花崗岩は気持ちよかった。
指に突き刺さる結晶は痛くて仕方ないけれど、ずっとやっていないと寂しくなる気もする。
なんだかLa Pedrizaにまた行きたくなってきた。
いや、その前に早く瑞牆に行きたいんだけど。
次の目標を探さないと。

2016年4月11日月曜日

白髪鬼

昨日、白髪鬼を登りました。

今回はいましさんに駅で拾ってもらって、エッジでけんさんタクさんと合流して出発。
いきなり深夜っぽいノリのけんさんの「クラックとはなんぞや」という質問からスタート。
「ワレメに手をつっこむことダ!」とかいうことが言われている中、
カーナビのモニターからは日曜朝の某アニメ(女子向け)が流れている。
傍から見たらコメントに困るような光景。まあ、こんなもんですね。
シビアなクライミングに向かう時でも、脱力することに余念がないのです。

どうせ上までは行けんだろう、と今回も下の砂防堰堤から林道を歩いた。
先週よりは空いていたけど、やっぱり人はそれなりにいた。
曇っているし気温もまあまあ低いようで、先週よりもコンディションよさげ。
「山案山子」と「北京の秋」を登ってアップして、例の苔ワイドを登って、
白髪鬼にトップロープを張る。
ついでにいましさん用のフィックスも張る。
ところで例の苔ワイドにはちゃんと名前があるはずなのだけど、思い出せない。
セッティング中のいまし監督

ムーヴとプロテクションのことは先週しっかりやったので、今回は最初から通し。
プロテクションも持って、セットしながら登った。
指先がちょっと悴んで驚いたけど、なんとか全部繋がった。
トップロープでも、落ちずに登れたのは初めて。おー、これはいいぞ。
まあトップロープでの完登を目指していたわけではないし。
核心を念のためもう一度通して、やりすぎて感触が悪くならないうちにと、リハーサル終了。
いつもなら、腹をくくるのに少し時間をかけてからロープを抜くのだけど、
今回は登りたい気持ちが完全に先行していたので、迷わず抜いた。
腹をくくるための時間なら、先週末から1週間あった。
けんさんタクさんのランチタイム

時間をおいて、気持ちが入ったところでトライ。
中間部で少しだけ足順を間違えたけれど、問題なし。
核心前のプロテクションは結局固め取りするのをやめたので、ここも流れはスムーズだった。
手を出していくことに対する怖さもほとんどなかった。
それでも一手ずつ、声が漏れてくる。
落ちるイメージは、あまりなかった。
が、最後の、クラックがポケット状に割れた部分へのデッドを外した。
コントロールしきれていなかったのか、少しばかり委縮していたのか、とにかく外した。
落ちるとしたらこのムーヴだと思っていたけど、ここで落ちてはいけないとも思っていた。
足下にあるのはゼロフレンズの黄色。完全に信用できるわけじゃない。
でも、これが意外にしっかりとしていて、問題なく止まった。

安心するやら、驚くやら、デッドを外したことに苛立つやら、落ちた後の心境は複雑だった。
でも早く切り替えて次のトライに向かわないといけなかったので、
すぐに核心をこなして終了点まで抜けた。
ゼロフレンズの羽は開いていない、というか微動だにしていないようだった。
なんだ、落ちても大丈夫じゃん。これで一気に吹っ切れた。
クラックの縁を掃除して、プロテクションを全部回収して、降りた。
「これで登る」と決めたトライで失敗したのは悔しかったけれど、まだ時間はあった。
なにより、一番気にかけていたリスクの部分が一気に小さくなって、これでムーヴに集中できる。
駐車場の横にかかっている橋を歩いてみたりして、長めにレスト。
橋の上で最近好きになった歌をぼんやり歌ったりしていたら、時間はすぐに過ぎていった。


「バンパイア」(5.10c)をやっている人たちのトライが終わるのを待って、2回目のトライ。
下の階段状から中間部のレストポイントまでは完全に自動化していた。
今度はナッツのセットに手間取ったものの、一度レストポイントに戻って仕切りなおした。
そこからゼロフレンズをセットして、さらに数手出すまでは、
前のトライよりも安定していたような気がする。気のせいかもしれないけど。
最後の1手の体制に入るところは、やっぱり気持ち悪かった。
ガタガタしたクラックの縁は、持った感触が毎回少しずつ違う。ここは何度やってもそうだ。
そうして叫びながら出した1手は、今度こそポケット状の割れ目を捕らえた。
一度捕らえてから、フィンガージャムの形に指を収めなおす。
ここで体が剥がれかけたものの、なんとか耐えた。
一瞬の指の動きに、これまでにないくらいの緊張感があった。
すぐに次のガバへの一手を出して、完登を確信した。
続く短いセクションは嫌な感じだったけれど、もう落ちるはずがなかった。
苔がついているフレークを取って、終了点にクリップ。
核心を抜けた後(写真は1回目落ちた後に撮ったもの)

最後はいつものように、ルートに残ったチョーク跡を掃除して降りた。
次にトライする人(って、いるのか?)に手がかりが残っていたら、このルートはつまらないし。

いましさんも、けんさんもタクさんも、皆興奮していた。
僕だって興奮していたけれど、喜びは案外静かなものだった。
なんだかほっとするような、安心感の方が強かった。
Stingrayでの敗退があったからかもしれない。
でも久しぶりに心底納得のいくクライミングができたとも感じていた。

帰りに寄ったセブンイレブンで、ちょっと贅沢をして、唐揚げ棒ではなく揚げ鶏を買った。
示し合わせたわけでもないのに全員コーヒーと肉を買った。
結局皆考えていることが同じで笑えた。


サル左衛門がこのルートを初登したとき、僕はすぐ横のテラスでカメラを構えて見ていた。
あれから9年が過ぎて、やっとこさ僕はこのルートを登った。
その年数自体に大した意味はないし、実際のトライは4日間だった。
ただその間いろいろなことがあって、自分自身にも大きな変化があって、
それらを経て今自分がやっとこのルートに向き合ったことを考えてみると、
9年前の出来事は様々なことを先取りしたものだったように思えてくる。
事件、というほど大げさなものではないけど、
実は今の自分が形作られていく中で重要な意味を持っていたんだな、と感じた。

グレードのことは、正直よくわからない。
そもそも比較できるようなルートを登っていないので、基準になるものがない。
Stingrayの方が難しく感じたのはたしかだけど、タイプが違うし。
核心で落ちても問題なく止まったし、たぶんRは付かないだろう、というのが個人的な見解。
もっと他に分かることないのかよ、と言われそうだけど、その程度のことしかわからない。
ピンクポイントで5.13b/cというのはどうやら確定しているらしいので、
そこから考えると13c以上あるのは間違いないのかな。

短くて傾斜もなくて、非常に地味だけど、このルートはいいルートだと思う。
内容は短い中にしっかりと詰まっているし、それを解いていくのが面白かった。
そしてこのルートでなにより重要なのは、この10メートル弱に詰まっている歴史。
橋本さんがトップロープで初登し、保科さんがピンクポイントし、サル左衛門がレッドポイント。
サル左衛門が登ったのは、トップロープで登られてからほぼ20年目だったらしい。
僕はクライミングの権威でも何でもないのだけれど、
この流れが日本のフリークライミングの歴史の重要な一端を表しているように思える。

年に1回あるかないかの、真に価値のあるクライミングでした。

ビレイしてくれたタクさん、撮影してくれたいましさんとけんさんに心から感謝です。

使用ギア(フレンズ#1.5、エイリアン黄/緑、緑、ゼロフレンズ黄、ロックス#0、1、2)

また静かになるのかな

核心の真っ最中に変な顔

2016年4月3日日曜日

新芽が開く前に

山から予定よりも早く下りてきて、この週末が空いたので、
昨日は大ザルと湯川に行ってきた。
遠山川は解ける雪の少なさでまだ増水していないようだったけど、
大ザルはすでに瑞牆のプロジェクトに備えているようで、
クラックを登って勘を取り戻したいらしい。

暖かくなってきて、湯川にも人が増えた。すごく増えた。
駐車場はいっぱいらしく、林道の途中にまで車が止まっているので、
下の砂防堰堤のところから歩くことに。
これでも案外遠くない。というか、山に登った後なので何も感じないくらいに楽。
そりゃあ、冬用の靴にアイゼンが付いていれば、重いもんな。
アプローチシューズの軽快さにちょっと感動。
これはウエリ・シュテックがトレランシューズでアルプスを登るわけだ(?)

岩場に着いて、まず「山案山子」(5.10b)でアップ。
ジョシュアツリーで、というか主にStingrayで鍛えられたせいか、
フィンガージャムにほとんど痛みや不快感を覚えなくなっていた。
むしろ安心できてしまうくらい。以前登った時よりも快適だった。
大ザルが「レイバックの練習だ」とトップロープで2回登って、
もう1本登っておきたかったので隣の「テレポーテーション」(5.10d)も登った。
これはまだ登ったことがなくて、一応湯川の代表的なクラックでは最難なので、ちょっと緊張。
ルートの8割は問題ないコーナーで、最後の右上するオフセットフィンガーが本題。
ここの一か所の処理でちょっと行きつ戻りつして、
結局は微妙なフィンガージャムで誤魔化して一気に抜けた。
いろいろとムーヴがありそうだけど、まあいいや。
大ザルもトップロープで登って、アップ終了。

来るたびに苔が濃くなるワイドを登って、白髪鬼にトップロープを張る。
前回がツアー前だったから、大分間が空いてしまった。
ということで、プロテクションとムーヴを確認するところから。
ありがたいことに、ムーヴはすぐに思い出したし、下山直後の割に調子も悪くなかった。
核心の最後の部分だけムーヴを修正して、
多分こっちのほうがいいだろう、ということで決定。

2回目はプロテクションをセットしながら繋げてみた。
中間部のナッツのセットと核心直下のセットがぐだぐだで、止まる時間が長すぎた。
それでもなんとか核心最後の1手まで繋がった。
セットでもたついていても、一応繋がるのか。
最後の一手はまるっきりハズレだったけど、まずまずの感触。

3回目も同じようにセットしながら繋げ。
核心手前までの処理は上手くいっていたのだけど、
やっぱり核心手前でカムを固め取りするのがしんどすぎる。
で、核心にはいってすぐのところでスリップ落ち。ちょっとイラついた。
ここはカムが小さすぎるけど、フォールの距離はそれほどでもなさそうなので、
固め取りするのはやめて一個だけで突っ込むことにした。
指がボロボロになってきたので、核心のシークエンスだけ何度か練習して、終わった。

最後に「北京の秋」(5.10b)を登って、終了。

暖かくなって指は悴まないし、体も動かしやすいのだけど、少し暑い気もする。
時間帯を考えたほうがいいかな。
でも、実際にやってみると思ったほど危険でもなさそうなので、
そろそろリードでトライしていきたいな。
というか、暑くなりすぎる前に決着をつけたい。

雪がない春

4年前、Bishopツアーを終えてから、僕は山に入りました。
場所は北アルプスの鹿島槍ヶ岳。
当時SACの2年生だった僕は、先輩のE川さんと二人、鹿島槍の北壁を登ろうとしました。
結果は、季節外れのドカ雪にやられて、BCとなる天狗の鼻までしか行けず。
そびえる北壁を目の前にして、敗退を決めました。
後になって考えると、あの時のラッセルの深さは異常だったけれど、
「後立山のルートは厳しいなあ」なんてことを思った覚えがあります。

留学やら何やらを経て、こんなに時間が経ってしまいましたが、
今回はこの宿題を回収しに行ってきました。
パートナーは今回もE川さん。そりゃあ、同じメンバーでないとね。

28日に松本で準備して、29日に入山。
この冬はとにかく雪が降らず、「また春にドカッと降るんじゃないだろうな」と、
内心ハラハラしていたのだけれど、結局最後までろくに降らず、
山は見るからに黒々としている。
天狗尾根の取り付きにあたるアラ沢出合まで行って、もう明らかに雪がない。
尾根の末端なんか、地面が出てるし。
これは、少なくともアプローチは楽だな、と少し嬉しい反面、
こんなに雪がなくて大丈夫なんか、という不安もあった。
渡渉もこんな感じ

急な尾根を半分木登りみたいな状態で登って、
春みたいな、というか春そのものの陽気の中、天狗の鼻を目指す。
「4年前はここで1泊」、「ここで雪洞掘った」とか思い出す箇所もあったけど、
あの時はずっと雪が降っていたし、対して今回は快晴、ラッセルなしでは、
もはや全く別の尾根を登っているみたいだった。
第1、第2クーロワールも問題なく越えて、昼過ぎに天狗の鼻に着いた。
風邪を引きずっていたE川さんはお疲れの様子

BCを設営して、北壁を眺める。やっぱり、予想通り黒い部分が多い。
「前回、もっと白かったですよね?」「・・・・」

30日は天狗尾根から鹿島槍北峰に立った。
名物(?)のキノコ雪もなく、ひたすら固い雪面を歩いた。
アラ沢の頭の直下にある岩場も、適度に雪氷がついていたのでザイルを出さずに通過。
稜線に上がってからはもうすぐだった。
前回天狗尾根ですらあんなに遠く感じたのに、あまりにあっけなく山頂に着いた。
感慨はありませんが、顔は笑っています

下りは岩場で懸垂して、尾根の急な部分はクライムダウン。
下ってみると、天狗尾根の急さがよく分かった。
時間が有り余っていたので、北壁の取り付きへ向かったちょっとトラバースして、
大方問題なく行けそうだということを確認してBCに戻った。
それでも着いたのは9時前。早い、早すぎる。
ということで、残りの時間はひたすらテントでだらだらした。
夕方には天気が崩れ、少々の降雪と強風に見舞われた。
「これで積もると、ちょっと厳しいかね」と言って心配したものの、
降雪は大したことなく、ほとんど地吹雪だった。
夜に起きて吹き溜まった雪を掻いたりしたけど。

31日、天気は穏やかだった。
雪もほとんど積もっていなかったので、予定通り北壁へ。
ルート図から検討した結果、登るルートは主稜に決めた。
天狗尾根の最低コルから北壁の下を横切るようにトラバースしていく。
これが思ったよりも長く、主稜の取り付きのスノーコルまで2時間近くかかってしまった。
北壁と呼ばれているものの、実際この壁は結構東向きなので、朝日がよく当たる。
暖かくていいけど、日向の雪がすこしジャリジャリのコーンスノー気味なのが心配になる。

急な雪壁を2ピッチ登り、見上げると、行く先は完全に氷瀑だった。
ルート図には、「雪壁」「氷雪壁」「岩場」という単語しかなくて、
あの辺が本にあった20メートルの岩場かなー、という箇所も、
雪が少しだけついた脆そうな壁か、その隣の氷爆しか見当たらない。
こ、これはどういうことだ?雪がなさすぎるとこうなるのか?
とりあえず氷瀑の一段目は左から巻いて上がり、二段目を前に二人して唖然。
これ、完全にバーティカルアイスじゃん!
しかもトポの情報から、アイススクリューは要らないと勝手に考えて、BCに置いてきた。
岩場から顔を出す灌木も役に立ちそうにない。
つまり、20メートルくらいノープロになる。うわー、これはやばいぞ。
でも、これを越えないと登れない。
スクリューを持ってきていないのは痛恨のミスだけれど、押し切ってしまえ。
ということで、僕がリード。
バーティカルアイスの目の前に少しだけついた雪に、申し訳程度にスノーバーを入れて、
その上に生えている毛みたいな頼りない灌木にスリングを巻いて、突撃。
あとはもう必死でアックスを打ち込み、引き付け、アイゼンを蹴り込んでいた。
ありがたいことに氷の状態は良く、登り自体は快調だった。
しかし如何せんノープロ。落ちれば雪面に叩き付けられてさようなら。想像したくもない。
岩よりも慣れていないし、不確実性も高いので、
久しぶりに「落ちたくない」とひたすら考えて登った気がする。
とにかく、垂直の氷瀑を登り切って、傾斜が落ちたところで、やっと灌木に支点をとった。
氷のグレードはわからないけれど、必要以上に難しく感じた。
いい登りだったかどうかはともかく、渾身のクライミングだった、気がする。

フォローでE川さんが「なんじゃこりゃー!!」と叫びながら上がってきて、
もう1ピッチ雪壁を登って、リッジに挟まれた広い雪面に出た。
この辺は主稜の形がはっきりしなくなる。
広い雪面をずんずん登り、一度ルンゼ状に入り込んでから、
その上部がまた氷なのを見て、横の雪が乗った樺のブッシュに逃げた。
これがアタリだったのかハズレだったのか、
クライミング自体は簡単だったもののとにかくスピードが上がらなくなった。
トポには「主稜で一番快適な箇所」とか書いてあったと思うのだけど、ちっとも快適じゃない。
樺はぐらぐらするし、雪は不安定で固まらないし、傾斜はきつくほとんど壁。
とにかく登りにくいこの部分で、思っていたよりもはるかに時間を食ってしまった。
ロープを出して3ピッチ藪クライミングを堪能し、最後に崩れそうな雪のリッジを乗っ越して、
やっと雪質も灌木もしっかりした斜面に這い上がった。
核心は明らかに下部だとはいえ、この藪クライミングが予想以上に重かった。

既に3時を回っていたので、最後の雪壁でスピードを上げた。
気分だけはアイガーを駆け上がるウエリ・シュテックだったけど、そんなに速くはなかった。
ともかく、4時過ぎに北峰の山頂を踏んだ。
これは南峰

気分は良かったけど、お疲れの様子

4年前に憧れて、思い描いていたような爽快感は、残念ながらなかった。
思ったようなクライミングが出来なかったからかもしれない。
でも、とにかく開放感と安堵感があった。
普段自分がやっているフリークライミングと、こうしたアルパインクライミングは違うもので、
それなら感じるものにも得るものにも違いがあるんだろう。
4年も経ってしまったけれど、僕はこの山に戻ってきて本当によかった。

その後は天狗尾根を慎重に下り、BCに戻った。
E川さんが隠し持っていた缶ビールで、4年越しの宿題回収を祝った。

4月1日、エイプリルフール。だからどうということもないけど。
この日は下山日で、ゆっくり起きてテントをたたんだ。
天気は結局ずっと良くて、暑いくらいだった。
第2、第1クーロワールを60メートルの懸垂で降りて、あとはひたすら歩き。
尾根の末端は、入山日よりもさらに雪がなくなっていた。
たった数日で、季節がはっきり変わってしまったように思えた。
里は春の陽気、20度近くまで上がったらしかった。

大町周辺の山に行ったときは恒例の薬師の湯に入って、
大町で牛丼を食べて、数日ぶりにしっかりたんぱく質を摂って満足。
帰りのドライブは早くも眠気が顔を出した。


4年前は季節外れの雪、今回は暖冬で雪がない、
というどっちにしてもイレギュラーな状況での山だったけれど、
とにかくずっと自分の中で燻っていたものが取れて、すっきりした。
「登らなきゃ」という義務感があったわけではなく、
単純に「登っておきたい」という気持ちがあった。
今となっては不思議なくらい、鹿島槍の北壁は僕の中で特別な存在だった。
ボルダーでもルートでも、そして山でも、
壁とラインに理屈抜きで驚嘆し、憧れるその気持ちを忘れずにいたいと思う。